これまでの人生を振り返ってみて・・・その②

まずは簡単に自己紹介。

現在、四十代前半。独身。バツイチ。

最終学歴は中卒。真面目な学生ではありませんでした。笑

現在は地方都市で飲食店を法人で二店舗経営。年商5000万円。

コロナショックの影響をまともに受けて不安と危機感で精神的に厳しい状況。

最近、自分自身を振り返って考える機会があったので備忘録的な感じでブログに書き綴ります。

自身の経験から得たものや失ったもの、感じた事など赤裸々に書いていきます。

幼少期 小学生時代

前回は小学校二年生〜三年生くらいまでの記憶を辿って書き連ねましたね。

振り返ってみると下記のような感じ。

  • 父親との数少ない思い出
  • その父親が本当の父親ではなかったこと
  • 両親(複雑)の離婚
  • 初めての転校(小学校)
  • 一人でお留守番
  • 友達の家庭を見て感じた寂しさと虚しさ
  • 母親への想い
  • この頃の経験が強いメンタルの土台になっている

転入した小学校ではそれなりに友達も出来てそれなりに楽しく過ごせていたように思う。

この頃、流行っていたのがドッジボールで授業の合間の休み時間になると、みんなで走って運動場に行き熱中していた。

放課後も学童で宿題をさっさと片付けてドッジボールをしたものだ。

そしてこの頃、初代ファミリーコンピューターが発売された頃で、ファミコンを持っている子はヒーローのような扱いだった。

私は母子家庭で子供ながらに母親にとても気を使っていたのでファミコンをおねだりすることが出来ず、放課後に仲良くしていた友達の家にお邪魔して一緒に遊ばせてもらっていた。

いつ頃からか自分の家にもファミコンがあったのだが、どういう経緯で買ってもらったのか全然思い出せない。苦笑

ファミコンが家に来てから学校が終わって帰宅してから母親が仕事を終えて帰ってくるまでの4時間くらい、ずっとゲームをしていたように記憶しています。

この頃、友達は「ゲームは一時間まで」と親に言われてると、よく愚痴っていましたが私の母親は仕事で家にいなかったのでゲームがやりたい放題でした。

宿題も適当にしたりしなかったりで、よく学校の先生に叱られたものです。

あと、学校に行くフリしてマンションの階段に隠れて母親が仕事に出掛けた後、家に戻ってよくゲームをしたものです。

鍵っ子の悪知恵ですよね。当然、学校は無断欠席。苦笑

今思えば、この頃から少し真面目さを欠いて来たように思います。

この経験を基に言えることは子供が小学生の間は親が側にいて子供の考えや行動が逸脱しないように注意深く見守ることが大事だということ。

子供というのは良くも悪くも自分自身がやりたい事をやろうとする。

それが良いことなのか悪いことなのか分からずに。いや、わかっていても。

子供だから当然だと思う。

そんな時こそ親が側にいて良いことと悪いことを教えてあげ、道から外れないようにしてあげるべきだと思う。

二度目の転校

小学校四年生の頃、またもや転校することとなった。

理由は母親の仕事の都合だったと思う。

新たな家に引越し、新たな学校に転入。

新しい教室での自己紹介。二度目ともなると少しは慣れてくるもので前回ほどは緊張も少なかったように思う。

どこの学校に行っても転入生に対する反応は皆同じなんだな、と客観的に事態を見ている自分がいた。

そして、どこの学校にも似たようなキャラがいた。

ドラえもんで例えるとガキ大将のジャイアン、ガキ大将の腰巾着スネ夫、いじめられっ子ののび太、優等生の出来杉、マドンナ的存在のしずかちゃん。このようなキャラがどこの学校に行っても不思議と絶対にいる。

大抵の人は転校などしないからピンとこないかも知れないが、私は小学生の間に三回の転校をし四つの学校に通ったことがあり、その都度、この子は前の学校の〇〇くんと似ているなとか、よく分析をしていた。

子供らしくない子供ですよね。でもね、何回も転校を経験すると冷めた考え方になってしまうんですよ。

小学生のうちに転校を何回もする事によるデメリット

  • 幼馴染みが出来ない
  • 学校によって授業の進み具合が違うので勉強につまずく機会が多くなる
  • 友達関係(人間関係)に冷めた感覚を持ってしまう(諦めに近いかも)
  • 仲間外れやいじめに遭う確率が格段に高くなる